嫌われ松子の一生

嫌われ松子の一生 通常版 [DVD]


冒頭木村カエラがドアップで歌い出すもんで、本篇前のCMがまだ続いているのかと思ったら既に映画は始まっていた……という導入部からして、結構人を食った感がある。
でも、なんだか愉しそう。むしろ進んで騙されたくなるような……そう思えたら大丈夫かもしれない。
ある意味騙されたもん勝ちの作品だろうか。傑作か駄作か、人によって評価がはっきり分かれそうだ。

あらすじだけ読むと、愚かな女の転落人生としか思えない悲惨な話である。
しかし、悲惨なエピソードがコミカルなミュージカル形式で描かれるものだから、陰鬱さは殆どまったく感じられない。むしろシュールとさえ云えるかもしれない。
ミュージカル形式というよりPVっぽいかな、この、夢の中にいるかのような非現実性が終始漂っている感じは。
背景は書割っぽく、色味は夕陽に似た赤味を帯びて、なんだかポップで美しいのだ。

さて、この夢みたいなメルヘンみたいな世界ではいつもどこかに花が咲いている。
それは虚構性をいっそう強めながら、“殺伐さ”という毒素を中和する役割を担っているようにも見える。
花は、松子が殺される河原にさえ咲き乱れていて、まるで誰も看取る者のなかった松子の死を慰めているかのようだった。
川尻松子という人物は、浅はかで思い込みが激しく、同性から見ても到底共感は出来ないタイプの女性なのだが、何故か不思議と憎めない。
それはおそらく、惜しみなく愛を与えながら愛されることを待ち続け、その愛情には一点の打算もなかったからかもしれない。
そういえば、「松子」という名には「待つ子」の含意もあるんじゃないかと思った。

松子にとって、愛情も赦しも一方通行のものでしかなかった。
松子が、最も愛され、赦されたかった人々の――父と妹の本当の気持ちを知った時には、皮肉にも彼らは亡くなっていた。
「愛されたい、理解されたい」と思いながら、いつも空廻りしてばかりだった彼女の人生。
しかしそんな人生の最期、幕が降りた後に救いは訪れる。
まるで祝福されたように天国への階段を昇ってゆく松子と、彼女を迎える優しい笑顔の妹。
そして交わされるふたつの言葉――「おかえり」と「ただいま」。
このラストシーンは本当に美しい。松子の人生が見事に昇華された瞬間だった。

作中、松子の人生を描く上で、監督は、リアリティに寄り添うことを徹底的に放棄していた。
虚構の世界をいかにリアルに見せるかが本来の映画作品だとしたら、『嫌われ松子の一生』はその逆を行くことでカタルシスを生み出し得た、いわば変化球勝負の成功作ではないかと思う。