2014年に読んだ本

エジプト十字架の秘密 (角川文庫)

『エジプト十字架の秘密』 エラリイ・クイーン(越前敏弥訳)

20年位前に創元推理文庫のを読んで、その猟奇的展開に背中がゾクゾクしながらもすごく愉しめたという、印象深い作品であります。
角川の新訳版が電子化されてたので(何故か、現在は電子版消えてますが…)、犯人も忘れてしまったことだし、名作は何度読んでも面白いはずと購入してみました。
改めて読むと、殺し方にかなり無理があるなあwと思うんだけど、それより何より、“十字架に架けられた首なし死体”というビジュアルの恐怖感がはるかに勝ってるんですよね。
ヨーロッパの辺境に伝わる因習とそこからやって来た姿の見えない復讐者……この道具立てがまた恐怖感を煽るんですよねー。
そしてラスト、車と飛行機を駆使しての手に汗握る追跡劇と、クイーンにしては結構派手な演出がなされています。
いつもながらのロジックの快感に加えて、恐怖とサスペンスの盛り上げもすごい、読後の満腹感お約束の1冊だと思います。


真珠郎 角川文庫 緑 304-16

『真珠郎』 横溝正史

70年代のドラマ「横溝正史シリーズ 真珠郎」を併せて観たんですが、意外にも今観ても怖かったー。
実に昭和って感じのエログロ。セットや衣装メイクもどことなく泥臭く安っぽいんだけど、それがまたいいんだなあ。
全体的に非常に丁寧に作られてて、原作への敬意と読み込みの深さが感じられます……ああ昭和は遠くなりにけり。
と、ドラマの話になってしまいましたが、小説は小説でいつもながらにおどろおどろしく奇想天外で、面白かったです。
個人的には、今まで読んだ横溝本で一番怖かったなー。


ゴールデンスランバー (新潮文庫)

『ゴールデンスランバー』 伊坂幸太郎

貸してもらった本なんですが……すみません! 私には合わなかったです!!
なんとなく村上春樹と同じにおいがするところがまずもってダメ…なんかスカした感じがするんだよなあ。
そういやこれもビートルズの曲名タイトルだわ。今後はビートルズのタイトル小説は避けることにするです。
余談ですが村上春樹といえば、この作品↓のAmazonでの「最も参考になったカスタマーレビュー」が超絶面白かったです。笑いすぎて死ぬかと思った。
http://www.amazon.co.jp/dp/4163821104/


村上海賊の娘 上巻

『村上海賊の娘 上・下』 和田竜

これも同僚が貸してくれた本なんですが、こっちは結構面白かったなー。
戦国時代が舞台なので、日々是戦な世界。そこら中で首が飛び、血飛沫があがり、と結構壮絶なシーンが多いです。
でも、筆致が軽くてドライなので、よくも悪くも血生臭さはあまり感じさせません。
いまどきの小説らしく非常に読みやすかったんだけど、それでいて現代の価値観は持ち込まず、徹頭徹尾当時の人々の目線で物語が語られるところに、なんとなく作者のこだわりが感じられて、そこはすごくいいなと思いました。
登場人物については、その超人ぶりが見もの。ジャンプ漫画もかくやという…。
主役の景姫も大概だけど、敵の大将の眞鍋七五三兵衛が輪をかけて強いんですよね。もはや人間じゃねえ!


幽霊塔

『幽霊塔』 黒岩涙香

記念すべき初めて買った(無料だったけど)電子本。
長いこと放置してたのをなんとなく読み始めたら、これが超面白いではないですか!
結構長い話なんだけど、謎また謎のエピソードが小気味良く展開してゆき、最後まで目が離せない、まさにノンストップの面白さでした。
読後に調べてみたところ、『幽霊塔』は日本におけるミステリの先駆け的作品であり、江戸川乱歩など後世の作家に与えた影響も大きいのだとか。なるほど。
財宝の眠る時計塔とか、何百年も昔から伝えられてきた詩文の謎とかといったエピソードに、『カリオストロの城』や『八つ墓村』を思い浮かべたんだけど、実はこの『幽霊塔』がモチーフだったんですねえ…。
そりゃー今読んでも面白いわけだよね!
ちなみに「涙香」は、「るいか」ではなく「るいこう」と読むそうです。
「るいか」と「るいこう」じゃ全然語感が違うなあ。かたや現代の女子高生、かたや明治の文人、みたいな。


怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫)

『怪奇小説傑作集1 英米編I』 アルジャーノン・ブラックウッド他(平井呈一訳) 

かの有名な「猿の手」が目当てで買いました。全部で9作品収録されています。
「猿の手」は期待が大きすぎたのか、それほど怖くなかった…ちょっと残念。
解説にもありますが、西洋文学における“怪奇小説”とは超常現象(スーパーナチュラル)をモチーフにしたもので、おもに幽霊をモチーフとする日本の怪異譚とはかなり趣を異にする印象です。
ただ、得体の知れないものへの恐怖は万国共通なんだなと思いました(当たり前ですが)。
「猿の手」以外では、「いも虫」が気持ち悪くて気持ち悪くて、トラウマレベルの読後感でした。話自体はよく出来てて、オチも怖かったですが。文字通りいも虫の話です。
それと「秘書奇譚」が、いかに危機を脱するかというハラハラドキドキな展開で面白かったです。


メソポタミヤの殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

『メソポタミヤの殺人』 アガサ・クリスティー(石田善彦訳)

メソポタミアの遺跡発掘現場を舞台にした連続殺人ミステリ――というクリスティー得意の中近東モノです。
何冊も読んでいるとさすがに傾向がわかってきて、最後にあっと驚くこともあまりなくなってしまったのですが、それでも面白く読めるのは、やはりクリスティーが稀有のストーリーテラーだからなんだろうなと思います。
そして、人間心理の不条理がもたらす怖さと哀しさをミステリに織り込む巧みさも、クリスティーならではだなあと。
というわけで、まあお約束の面白さだったんですが、ただ最初の殺人のトリックについては、ちょっと無理があると思いましたw
“無理なんじゃ?”度でいうと、『ゼロ時間へ』と同じくらい?でしょうか。

不連続殺人事件

不連続殺人事件 (角川文庫)

犯人当ったー!!! ひゃっほうーーー!!

と有頂天になっちゃったりしてますが、現代の推理小説ファンからしたら、本作は比較的難易度の低い部類に入るものと思われます。
しかしながら、謎解きの或る一点において、この『不連続殺人事件』は名作たり得ているとも思うのです。

(以下怒涛のネタバレなので、未読の方は絶対に読まないで下さい。『ナイルに死す』未読の方も同様) 続きを読む>>

外科室・海城発電

外科室・海城発電 他5篇 (岩波文庫)

 そのかよわげに、かつ気高く、清く、貴く、美(うる)はしき病者の俤(おもかげ)を一目見るより、予は慄然として寒さを感じぬ。――「外科室」

鏡花作品の女性は激しいなあ。
愛に殉ずることをよしとする、というよりも、おのが裡なる情念に殉ずることをよしとする――しからずんば死を、という人生ですよね。
その情念は肉体的快楽を伴わず、故に極限まで純化されて、美しくも凄絶な観念性にまで達しているように思われます。
泉鏡花の世界そのものとも云えるこの“観念的な愛と死”の主題、本短篇集ではそれが非常にストレートに描かれていました。

「義血侠血」
「滝の白糸」はこれが原作だったんですね。
水芸人“滝の白糸”こと水島友が一目惚れした車夫・村越欣弥のために尽くし抜く姿が、聖女か鬼女かという激しさ。
村越も寡黙ないい男です。
にしても、最初の乗合馬車での出逢いから最後の裁判所の顔合せまで、たぶん3回しか逢っていないんですよね、このふたり……。
その間の、どんでん返しに次ぐどんでん返し的な展開も相当濃いんですが、何かに憑かれたような白糸の情念が圧巻なのです。
読後感はなんとも云えません。

「夜行巡査」
これまた信念に憑かれた巡査の話。
この巡査と恋人・お香の仲を屈折した愛情から引き裂く伯父が、実にサディスティックで、結ばれない美しい男女のロマンを掻き立てる感じです。
が、しかし、結局のところ、彼らを永遠に引き裂いたのは、巡査の巡査たらんとする信念だったのではないか……。
やはりなんとも云えぬ読後感。

「外科室」
吉永小百合主演で映画化されてましたね(しかし吉永小百合は違うだろー)。
「義血侠血」のふたりはたった3回逢っただけで心中(結果的に見れば)してしまうのですが、このふたりは一度すれ違っただけの出逢いで心中してしまうという…まさに観念的愛の極限ですね。
それにしても女性の造型や描写の細心さ・深さに較べて、おしなべて恋の相手となる男性の影の薄いのは何故……まるでヒロインの情念が映し出す影のような。
そのぶん「夜行巡査」のサド伯父や「化銀杏」の夫みたいな、嗜虐性のある男性描写が濃いのがなんだか倒錯的だわ。

「琵琶伝」
この話はわたし的には一番強烈だったかもしれない。
一途でプラトニックな愛、引き裂かれた男女、ふたりを邪魔するサディスティックな男、と鏡花世界を盛り上げる要素すべて揃ってます。
それらがことごとく極限に達しているというか、少しも抜きの要素がないので、読んでて結構辛かったかもしれない…。
そして最後が、最後が……こういうラストをヒロインに与える鏡花って、女性の最高の賛美者でもありサディストでもあるような…。
最後の一文が切なく哀しいです。

「海城発電」
珍しく男性主役。
「夜行巡査」と同工異曲な感じの、博愛精神に殉じた従軍看護員の話。

「化銀杏」
恋愛譚ではないですが、ヒロインの造型はこれが出色かもしれないと思う、ちょっと怖い話。
自分を束縛する夫から逃げようとする儚げな女の話かと思いきや……いやあ女って恐ろしいですね。
やはり泉鏡花はただの女性賛美者ではない。
それにしても、自由を切望し、夫の死を願いながら、誰よりも貞淑な良き妻であろうとする、その心の矛盾にまるで無頓着なヒロインが、恐ろしくもあり哀れでもあります。

「凱旋祭」
夢か現か――シュールな光景の数々が明け方の悪夢を思わせるような不思議で不気味な掌篇。


いずれの主人公にも云えることは、みな何がしかの情念に囚われていること――それはむしろ強迫観念に近いとさえ云えるかもしれません。
そして、この強迫観念がおそらく泉鏡花自身のものであったことは、たとえば、鏡花が「腐」の字を嫌悪して決して使わず、どうしても必要な場合は代わりに「府」を当てた(「豆腐」は「豆府」と書いた)などというエピソードからも容易に推測されるでしょう。

この初期短篇集はそうした鏡花の内面が実に濃密に映し出されたものとなっているように思えます。

ABC殺人事件

ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

The ABC Murders / Agatha Christie  1936
堀内静子訳


いわゆる“ミッシング・リンク(missing link)”ものの古典的代表作品。
ミッシング・リンクとは――
「失われた環?」などという曖昧な知識しかなかったんですが、なんでも――ミステリの場合――一見なんの関連性もない連続殺人を繋ぐ、背後に隠れた共通点のことだそうです。

内容は、タイトルから推測されるように、ABCの順でその頭文字の人間が殺されてゆくというものです。
事件の直前には必ず犯人からポワロへの予告が届きますが、このあたり実に古典的な見立て殺人モノって感じです。

そしてなんと今回、犯人と動機が大当たりでした。いやっほーい!
こんなにあっさり当たってしまって、一体どうしたの私!? もしや名探偵開眼!?
なんてことは無論なくて、ただ単にこの作品が教科書のような、ミステリ入門にはうってつけの作られ方をしていたおかげと思われます。
要するにある程度ミステリ(特にクリスティー作品)を読んでいれば思い浮かぶような、まったくケレン味のないプロットだったと…。
(ここから若干ネタバレを含むので折り畳みます) 続きを読む>>

南国太平記

南国太平記

調所笑左衛門の改革策断行で、薩摩藩は財政立て直しに成功した。だが藩主斉興は世子斉彬に家督を譲ろうとしない。洋学好みの斉彬の浪費による財政再崩壊を恐れたのだ。一方、斉興の愛妾お由羅の方は、実子久光への家督継承を画策。その意を受けた兵道家牧仲太郎は、斉彬の子どもたちの呪殺を謀り、斉彬派の軽輩武士は陰謀暴露に奔命する。―藩情一触即発の風雲をはらむ南国藩「お由羅騒動」の顛末。

現在は「直木賞」という名前のほうが先行してしまった感のある作家・直木三十五。
かくいう私も、とあるきっかけでこの作品に興味を持つまでは全く知らない作家でした。
しかしながら、直木三十五がいなければ司馬遼太郎も池波正太郎も生れなかった――つまり今日の歴史小説はなかった、と云われている大作家だったんですね、実は!
由緒ある賞に名を冠せられているのも伊達ではない。
にもかかわらず、その代表作を本屋で買うことが出来ないとは……再販制度に胡坐をかいた出版界の怠慢なんじゃないですかね、これって。

さて私が『南国太平記』を知ったのは、十数年前、NHK-BSで再放送していた『風の隼人』という時代劇のおかげです。
このドラマの原作が『南国太平記』だったんですよ。
たまたま(というか夏目雅子目当てで)観始めたドラマでしたが、二転三転するダイナミックな物語と仇敵同士の百城月丸(坂東三津五郎/当時は八十助)と仙波綱手(夏目)の恋物語から目が離せなくて、気がついたらすっかりハマってました。
夏目雅子は、こういう愛憎相半ばするような宿命の恋が似合うんだよなあ……『黄金の日日』でもそんな役どころだった。
(と思ったら、脚本はどっちも市川森一なんですね。市川さん、わかってる!)

上の作品紹介にもあるとおり、『南国太平記』は幕末の薩摩藩に起きたお家騒動(俗に云う“お由羅騒動”)を描いた小説です。
しかし、そこに描かれているのは単なる九州一藩のローカル事件ではありません。
次期藩主・島津斉彬の語る未来、その思想に共鳴する若い藩士たち、そしてその一方で頑なにお家を守ろうとする重臣たち、彼らの意地や思いのぶつかり合いが物語を動かしてゆきます。
それは、やがて倒幕へと向かってゆくエネルギーのうねり――。
このマグマの塊のような灼熱こそが、作品を通底するテーマではないかと思いました。

ところで、一口に「倒幕派」と云っても、薩摩、長州、土佐等々の各藩また各尊攘派、いずれの目線を通して見るかで見えてくるものは微妙に異なりますよね。
佐幕派にしてもしかり……。
それぞれがそれぞれの主義・信条に基づいて行動している、その多様性(複雑怪奇とも云う)が面白いと思うんです。
「正義」はひとつじゃない、でも「愛国心」はみな同じ。
だからこそ、佐幕派にも倒幕派にも魅力を感じてしまうんだなあ…。
と云いつつ、やはり新選組と会津藩、そして河井継之助贔屓は変えられないんですけれども(笑)。
三つ子の魂百まで、というやつです。

本作の主人公は薩摩藩下級藩士の仙波小太郎(綱手の兄)という若者なんですが、小太郎一人に焦点を絞った書き方ではなく、どちらかというと群像劇っぽい構成になっています。
また、敵役であるはずの兵道家・牧仲太郎(月丸の父)や調所笑左衛門が単なる敵役ではなく、人間味を持った人物として奥深いところまで掘り下げて描かれているのも目を引きます。
(勧善懲悪を脱して、敵役を魅力的に描いたのは直木三十五が最初なんだとか)
調所や牧はさすがに大物らしく、彼らなりの正義を通した人物になっているんですよね。こういうところ、説得力があるなあと思う。
でもって俗物は俗物らしく……調所や牧と違い、最後まで生き残るところも俗物らしいっちゃ、らしいんですが、微妙に後味の悪さは残るのがねえ……なんとも。

個人的には、女性に冷たい(妹といえども容赦せずの)クールな美男子・小太郎に惹かれるところなんですが、一番人気は風雲児・益満休之助でしょうか、やはり。
価値観が激動する時代ならではの自由さを体現した、まさに時代の寵児と云える人物ですよね、益満。
他にも、やくざなスリから一転小太郎たちの強い味方になる庄吉や、小太郎のもう一人の妹として綱手にはない意志の強さを見せる深雪なども魅力的。

登場人物がどんどん死んでいったり、オカルトチックな呪殺描写があったりと結構ハードな内容なんですが、読後感は意外に爽やかです。
来たるべき時代への希望に胸ふくらませるような、そんな終り方ですね。
2段組600ページ近い大部でしたが、あっという間に読み終えられました。
面白かったです!