最近読んだ本

なぜ今頃『八つ墓村』かというと、数ヶ月前、故市川崑監督の横溝映画追悼放映がきっかけで突発性横溝ブームが到来し、最近まで細々と続いていたせいです。
途中あっちこっち浮気しつつ読んでたもんで、図書館の貸出期限を大幅にオーバーしてしまった…すみませんすみません。
かなりな長篇ではあるけど、飽きる暇も与えぬ感じに殺人事件は起きるわ、謎また謎の伏線だらけで先が気になって仕方ないわで、いったん読み始めたらすらすら読めました。
江戸川乱歩の小説もそうだけど、随所で「しかし、もっと恐ろしいものが私を待っていたのである」とか、「ああ、この恐ろしい言葉の意味するものはなんであろうか」とか、やたら大仰な煽りが入るのが面白い。
古風な挿絵の入った探偵小説誌とか連想してしまいます。なんかそんなレトロなイメージ。
『八つ墓村』って、市川作品の中では、『犬神家の一族』や『悪魔の手毬唄』に較べて放映頻度が低いんですよねえ(野村芳太郎監督のもありましたが…野村監督、なんか社会派なイメージ)。
やっぱ金田一役がトヨエツだからですかね。わたし的に金田一は石坂浩二が一番しっくり来ます、刷り込みも多少あるかもしれませんが(笑)。
あの飄々として掴みどころがなく、でもどこかに温かさを感じさせるところがイイ!
テレビ版の古谷一行もなかなか好きです。そういえば、子供の頃は石坂金田一より古谷金田一のが贔屓だったのに、年を取るにつれ石坂金田一の方により惹かれるようになった気がします。
それはさておき、いざ原作を読んでみると、『八つ墓村』は推理モノというより冒険モノって感じの作品なんだなあという印象を受けました。
私は、昔テレビで観た「たたりじゃあ〜」のおどろおどろしいイメージと、落ち武者とか洞窟とか三十二人(?)殺しとかの凄惨なキワモノイメージしかなかったんですが、原作は結構爽やかにハッピーエンドなんですよね、意外にも。
途中、確かに上記のようなエピソードが入るには入るんだけど、映像で観るようなインパクトはなく、おどろおどろしさもそれほど感じない。
これはたぶん、横溝正史の意図がそこにはないためなんじゃないかと思います。
つまり、読者にこの手の(ある意味)悪趣味な衝撃を与えるために書かれたわけではなく、あくまで正統派の探偵小説として書かれた作品なんだよなと、そんなふうに感じました。
時代が時代なんだから当然ですが、描写もマイルドというか上品だし、昨今のホラー小説を読み馴れてる人にはむしろ物足りなさそうな…。
しかし、そう考えると、横溝作品の映像化って画期的発見だったのかも。
昔テレビで観た『八つ墓村』、ホラー要素もさることながらエロ度も結構すごかった記憶があります。
そもそも、村の分限者の放蕩息子が美しい娘を拉致監禁するというシチュエーションからして、相当ポルノチックなんですけど。
むしろ、これなんてエロゲー?みたいな…。
とはいえ、小説では当然ながら非常にぼかされた描写しかないので、エロさは皆無です――ていうか! 主人公が殺されそうになるエピソードもそうだけど、現代なら「重罪間違いなし。ありえねー!」的なことが簡単に起こって、それが特に罪に問われた様子もないんですよね。
時代による倫理観の相違なのかもしれないけど、この当時都市部と山村部との間にあった壁というのはきっと想像以上のものだったんだろうなあ。
ところで、昔のドラマ版でも映画版でもカットされてたと思うんですが、原作では主人公の恋愛ドラマにかなりページが割かれてます、特に後半(金田一耕助はそのせいか活躍度低いです。殆ど出てこない)。
この恋愛部分が初々しくて爽やかなんですよね。
なんというか、ほのぼのしてるというか…でも最後にはしっかり子供が出来ちゃうという(笑)。
ほのぼの、でも子供…とうっかり萌えカプ(男×男)変換して萌えてしまいました…わー、すみません!

あと2冊、山田風太郎の『八犬伝 上・下』を借りてたんだけど、これは未読のまま返却です…(涙)。
文庫も出てるようなので、そっちを買って読んでもいいか(これ、表紙の版画も艶っぽくて素敵なんですよね)。
山田風太郎と八犬伝って、なんか化学反応起こしそうな組合せじゃないでしょうかね?
八犬伝、子供の頃から好きなんですよねえ。
滝沢馬琴の原作は、冗長なのと儒教の影響が濃すぎるのとで今ひとつ残念なことになってますが、全篇通じて耽美というか両性具有チックな雰囲気が漂ってるとこはたまらないものがあると思う。
あと登場人物がみな個性が強くてキャラが立ってるところもすごい、というかなにげに今の少年漫画に通じるものがありそうな…。
私は、なんといっても犬塚信乃が好きでした、まったくもって正統派…。
今読み返してみたらどうなんだろう…道節あたりに萌えたりして。いやそれはないか。