いろいろ

眠いです……。
やらないといけないことについて考えてると眠くなります。
これはいわゆる現実逃避なんでしょうか…きっとそうだ…。

土曜日の話になりますが、NHKの「監査法人」とフジでやってた「ターミネーター2」を観ました。
「監査法人」はずっと見逃してたのを一昨日やっと観れたところで、期待にたがわず面白かったです。
主役の会計士に塚本高史を当ててるのが最初疑問符だったんだけど、観ているうちに腑に落ちました。
主役であって主役でないような、物語を動かすための一種の触媒みたいな役どころなんですかね、塚本くん。
で、彼が投げた石が、今後は彼の元へとはね返ってくるみたいな展開になるんじゃなかろうか。
どうも現実の出来事をモデルにしてるらしいんだけど、まるで疎い私には先が読めません。
とりあえず来週が愉しみです。

それにしても、塚本高史と阿部サダヲをNHKのこんな重っ苦しいドラマで見ることになるとはなあ。
塚本とサダヲといえば、木更津じゃーん、タイガー&ドラゴンじゃーん、というくらいクドカンドラマに欠かせない俳優のイメージがついてるもんで……ツーショットのシーンになると小ネタなんぞを期待しそうになります。

T2はもう10回くらい観てるくせに、エドワード・ファーロングの顔が好きすぎて、毎度毎度引き寄せられるように観てしまう。
それならDVD買っとけっつー話ですが、所有していつでも観れるようにしておきたいかというと、そうでもない。
なんだろなあ、“美”は所有できないものであってほしいとかそういう心境なんでしょうか。
って、それじゃまるで、どっかの気障な攻め様の口説き文句みたいじゃないかね……うわあ、恥ずかし過ぎる。
いや、実際のところ、そんな積極的な理由などはまったくなくて、単なる面倒くさがりなんだと思います、私の場合。

話を戻してT2のE・ファーロング、初めて見たとき、こんな完璧な美少年がアメリカにいるのかーと心底驚きました。
なんかアメリカって、洗練された美形とは無縁の国という印象があったので…(すみません)。
聞いたところによると、アングロ・サクソン以外にスラブとかいろんな人種の血が混じってるらしいですね、E・ファーロング。
確かに、あの生命力希薄な、退廃的な美しさは、頑健そのもののゲルマン系ではありえないんじゃないかと。
でもマチズモ信奉の強いアメリカではあんまり受けない美しさだろうなあ、とも思う…。
友人に云わせると、『愛の嵐』の頃のシャーロット・ランプリングを髣髴とさせるそうなんだけど、なるほどそんな美しさかも…。
そして、『愛の嵐』は確かにアメリカでは受けそうにないと思った。

T2を観ながらふと思い出したのが、『DEATH NOTE』のハリウッド版製作の噂。
私は実写版デスノに興味ないもんで映画も観てないんですが、ハリウッドとかとなるともう原作からかけ離れすぎててネタとしか思えないので、案外冷静に観られそうな気がします。
もし本当にハリウッドで作るんなら、月役にはエドワードみたいな容姿の少年を当ててほしいなあ、だったら絶対観に行くんだけど!
でも、主役はLになるかもしれませんね。月をあのまま主役で、ってのはハリウッドじゃあ無理な気がする。
そんでもって、Lも引きこもり探偵のままってのはありえないだろうから、FBIの敏腕捜査官とかそんな感じになるんじゃないですかね…。

デスノはあれから殆ど読み返してないのに、月のことは今もあれこれ考えてしまいます。
出口のない迷路をさまよってる感じだなあ…月という存在はどうにも悲しすぎて愛しすぎる。
私は、月の愚かさとか強さとか脆さとかすべてひっくるめて好きなんだけど、そういう愛着って母性愛に近いのかもしれない。
そして、そういう愛着を架空の存在に抱くこと自体非常に珍しい気がして、我ながら不思議なのです。
あ、でも、萌えもあるんだよなあ…というか、たぶん、この萌えはごく限定的な、月がまだ輝いていた頃に対してのもので、その姿のままでいてほしいという願望に直結しているのかもしれません。

うーん、なんかとりとめのない話になってしまった。

御用達

チーズ鱈



○○御用達とか期間限定とか、書かれてあるとつい釣られてしまう。
ある意味模範的な消費者かもしれない…。

今日も今日で、“オランダ王室御用達”らしい一口チーズ鱈を買ってしまった。
チーズを鱈のシートで覆ったもの(写真の白い部分が鱈)で、酒のつまみにしか見えない代物です。
こんな庶民的なもんが王室御用達なのかー、図々しくも親近感を感じてしまうなあ…と思いつつ、よくよく見たら、“王室御用達チーズ使用”と書いてあった(しかも結構でかでかと)。

えー、つまり、御用達なのはチーズ(ベームスターチーズというらしい)だけであって、鱈は関係なかったと。
そうだよなあ、いくら庶民的な王室といえどもチーズ鱈はないわ。
と自分の勘違いを棚上げし、安心したようながっかりしたような、ちょっと微妙な気持ちになったのであった。

肝心の味はというと…かなり微妙だったかも。
鱈の味が効きすぎてるというか、干物独特の癖が強く出てる感じです。
むーん、チーズだけの方がよかったです!

買った!

『B級グルメ倶楽部』の3巻が出ていたのかあああ!!
危うく買いそびれるところでした。ふう。
と安心したところで、2巻を未だ読んでないことを思い出した。
買ったままシュリンク破ってなかったような…いや、その前に本の在り処が…。
2巻発見するまで3巻はおあずけだなあ…。あああ、こうやって積読本は溜ってゆくのですね…。

そして、ななななんと、『グーグーだって猫である』の4巻が出ていたんですかっ!!
『B級〜』買った後コミック売場をぶらぶらしてて発見しました。相当驚きました。
速攻手にとってレジに行こうとしたんですが。が。財布に2000円しかなかった…。
グーグーを買ってしまうとスーパーで買物できなくなるので(しょっぱい)、泣く泣く諦め、明日にリベンジを期すことに…ちくしょー! 明日こそは!

それにしても、こんな短いスパンで新刊出るなんて。まさか4巻で終りだから、とかいうんじゃないよね!?
と、つい悲観的な想像をしてしまうくらい、今までは待たされに待たされることが多かったので、本当にびっくりです。
嬉しいんだけど、なんかちょっとびくびくしてしまうみたいな。
まるで、ふだんツンツンな受に突然優しくされて戸惑うヘタレ攻のような…ってそんな腐妄想って。すみませんすみません。

BLの新刊といえば、『さようなら、と君は手を振った』の新装版、主役カプの書き下ろしが入ってたら買おうかなあ、どうしようかなあ、と迷ってたんですが、書き下ろしは息子の話らしいと聞いてスルーすることに…。
木原さんの書く続篇や番外篇って、子供の後日譚が結構多いような。
ごく個人的に、BLの子供話にはあまり食指をそそられないのと、萌えと直結しては読めないのとで、子供ネタはついスルーしてしまいます。
しかし、『さようなら〜』は激萌え作品だったので、主役ふたりのその後をぜひとも読みたかったなあ。
木原さんのは、この手の痛ラブ話が一番好きなんだけど、最近はあまり書かれてなくて残念。

+ + +

6月の光



職場の近くに大きな公園があるので、仕事の後など、よくそこでぼーっとしたり本を読んだりします。
暑くても木陰にいると本当に涼しい!
風が木々を渡っていく音を聴いていると、不思議と心が落ち着きますね。波の音を聴いている時と似てるかもしれない。

買えない理由

出かけるときはいつも文庫本を1冊持っていくんだけれど、これをたまに忘れてしまう。
ところが、忘れた日に限って時間をつぶさなくちゃならない機会が出来たりするんだなあ…マーフィーの法則というやつでしょうか。
で、今日はこのマーフィーの法則が発動した日だったのでした。
仕事の後1時間ほど時間をつぶさなければならなくなって、コーヒーショップで本でも読んどくかーと思ったら、カバンの中に本がない。部屋に出しっぱにしてきてしまった!
仕方なく本屋に寄って文庫本を1冊求めることに……。
しかし、こういうとき――特に目当ての本がないとき、私はすんなり本を買えたためしがありません…。
今日も文庫コーナーをぐるぐる廻るばかりで、さっぱり決らない。
結局、本を物色しているうちに1時間が過ぎ、約束の時間が来てしまったという、笑い話のような結果に終ってしまった。
でも空手で店を出るのはなんだか口惜しいので、意地で1冊買って出ました。

文庫コーナーをぐるぐるしていたとき、「なんでこう決らないかな」と考えてたんだけど、どうも私は本を買う際に一生書棚に置くつもりで選んでるようなんですよね。で、それがいけないのだとわかった。
なんかまるで嫁でも選ぶような、「こいつと一生付き合えるだろうか」的なことを考えてるわけで、これって傍から見たら、なぜそこまで思いつめる!?と云いたくなるだろうなあ…ていうか、自分でそう思ったんですが。
それと選択範囲が狭すぎるのも原因のひとつだろうと思った…。
個人的に時間つぶし用に買わない対象というのがあって、それは
 ・BL → 家でしか読まないから&基本的にほしい本は必ず買っているから
 ・ミステリ → 再読することがまずないから
 ・ちくま文庫&講談社学術文庫 → 時間つぶし用に買うには高すぎるから
以上なのです。
一番手ごろなのが新潮文庫なんだけど、これも最近では殆ど買ってない――なんでだろう?と今日本屋の新潮棚を眺めつつぼんやり考えてみたところ、ほしいジャンルに新刊がないせいだと思い至りました。
新潮は古典にしろ現代モノにしろ、ラインナップは基本的に有名どころの作品ばかりで、有名どころの現代モノにあまり興味のない自分は古典にばかり目が行くんだけど、この古典ラインナップに殆ど動きがない。
しかし、この歳になると、食指が動く作品は全部買ってるか読んでるかする、なので買える対象がないという結果に…。

というわけで、本が買えない理由は、もろもろの自己規制+年齢にあるとわかり、ちょっとすっきりしました。
以上、わりとどうでもいい自己分析でした。

意地で買って出た本は、クリスティの『終りなき夜に生れつく』です。
ミステリなので買わない対象に入ってたんだけど、べつにそう構えなくても…と思い直し、買ってみました。
なぜこの作品かというと、タイトルが好きだったから――って、前のブログでちらっと書きましたが。
『終りなき夜に生れつく』というタイトルは、ウィリアム・ブレイクの詩から採っているそうで、エピグラフにも使われていました。
なかなか印象的なので書き出しておきます。

夜ごと朝ごと
みじめに生れつく人あり
朝ごと夜ごと
幸せとよろこびに生れつく人あり
幸せとよろこびに生れつく人あり
終りなき夜に生れつく人もあり      

  ――ウィリアム・ブレイク『罪なき者の予言』より

    
ブレイクは画家としても有名で、以前上野で展覧会が催された時に足を運んだ憶えがある。
牧歌的でいて深遠なメッセージを含んでそうな、不思議な魅力の絵が多いとおもうんだけど、私の好きなのはこの絵↓とか。

ペガサス

最近読んだ本

横溝正史自選集 3 (3)

なぜ今頃『八つ墓村』かというと、数ヶ月前、故市川崑監督の横溝映画追悼放映がきっかけで突発性横溝ブームが到来し、最近まで細々と続いていたせいです。
途中あっちこっち浮気しつつ読んでたもんで、図書館の貸出期限を大幅にオーバーしてしまった…すみませんすみません。
かなりな長篇ではあるけど、飽きる暇も与えぬ感じに殺人事件は起きるわ、謎また謎の伏線だらけで先が気になって仕方ないわで、いったん読み始めたらすらすら読めました。
江戸川乱歩の小説もそうだけど、随所で「しかし、もっと恐ろしいものが私を待っていたのである」とか、「ああ、この恐ろしい言葉の意味するものはなんであろうか」とか、やたら大仰な煽りが入るのが面白い。
古風な挿絵の入った探偵小説誌とか連想してしまいます。なんかそんなレトロなイメージ。

『八つ墓村』って、市川作品の中では、『犬神家の一族』や『悪魔の手毬唄』に較べて放映頻度が低いんですよねえ(野村芳太郎監督のもありましたが…野村監督、なんか社会派なイメージ)。
やっぱ金田一役がトヨエツだからですかね。わたし的に金田一は石坂浩二が一番しっくり来ます、刷り込みも多少あるかもしれませんが(笑)。
あの飄々として掴みどころがなく、でもどこかに温かさを感じさせるところがイイ!
テレビ版の古谷一行もなかなか好きです。そういえば、子供の頃は石坂金田一より古谷金田一のが贔屓だったのに、年を取るにつれ石坂金田一の方により惹かれるようになった気がします。

それはさておき、いざ原作を読んでみると、『八つ墓村』は推理モノというより冒険モノって感じの作品なんだなあという印象を受けました。
私は、昔テレビで観た「たたりじゃあ〜」のおどろおどろしいイメージと、落ち武者とか洞窟とか三十二人(?)殺しとかの凄惨なキワモノイメージしかなかったんですが、原作は結構爽やかにハッピーエンドなんですよね、意外にも。
途中、確かに上記のようなエピソードが入るには入るんだけど、映像で観るようなインパクトはなく、おどろおどろしさもそれほど感じない。
これはたぶん、横溝正史の意図がそこにはないためなんじゃないかと思います。
つまり、読者にこの手の(ある意味)悪趣味な衝撃を与えるために書かれたわけではなく、あくまで正統派の探偵小説として書かれた作品なんだよなと、そんなふうに感じました。
時代が時代なんだから当然ですが、描写もマイルドというか上品だし、昨今のホラー小説を読み馴れてる人にはむしろ物足りなさそうな…。
しかし、そう考えると、横溝作品の映像化って画期的発見だったのかも。

昔テレビで観た『八つ墓村』、ホラー要素もさることながらエロ度も結構すごかった記憶があります。
そもそも、村の分限者の放蕩息子が美しい娘を拉致監禁するというシチュエーションからして、相当ポルノチックなんですけど。
むしろ、これなんてエロゲー?みたいな…。
とはいえ、小説では当然ながら非常にぼかされた描写しかないので、エロさは皆無です――ていうか! 主人公が殺されそうになるエピソードもそうだけど、現代なら「重罪間違いなし。ありえねー!」的なことが簡単に起こって、それが特に罪に問われた様子もないんですよね。
時代による倫理観の相違なのかもしれないけど、この当時都市部と山村部との間にあった壁というのはきっと想像以上のものだったんだろうなあ。

ところで、昔のドラマ版でも映画版でもカットされてたと思うんですが、原作では主人公の恋愛ドラマにかなりページが割かれてます、特に後半(金田一耕助はそのせいか活躍度低いです。殆ど出てこない)。
この恋愛部分が初々しくて爽やかなんですよね。
なんというか、ほのぼのしてるというか…でも最後にはしっかり子供が出来ちゃうという(笑)。
ほのぼの、でも子供…とうっかり萌えカプ(男×男)変換して萌えてしまいました…わー、すみません!

八犬伝〈上〉 (朝日文庫)

あと2冊、山田風太郎の『八犬伝 上・下』を借りてたんだけど、これは未読のまま返却です…(涙)。
文庫も出てるようなので、そっちを買って読んでもいいか(これ、表紙の版画も艶っぽくて素敵なんですよね)。
山田風太郎と八犬伝って、なんか化学反応起こしそうな組合せじゃないでしょうかね? 
八犬伝、子供の頃から好きなんですよねえ。
滝沢馬琴の原作は、冗長なのと儒教の影響が濃すぎるのとで今ひとつ残念なことになってますが、全篇通じて耽美というか両性具有チックな雰囲気が漂ってるとこはたまらないものがあると思う。
あと登場人物がみな個性が強くてキャラが立ってるところもすごい、というかなにげに今の少年漫画に通じるものがありそうな…。
私は、なんといっても犬塚信乃が好きでした、まったくもって正統派…。
今読み返してみたらどうなんだろう…道節あたりに萌えたりして。いやそれはないか。
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